東京地方裁判所 平成4年(ワ)12244号 判決 1995年11月30日
原告
柴田交保
被告
戸川弘之
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告に対し、金三三五万一五〇五円及びこれに対する平成三年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告らは、各自、原告に対し、金一〇一八万五三六六円及びこれに対する平成三年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、原告が、原告車両を運転し、前方赤信号に従つて停車したところ、被告車両に追突され、頸椎捻挫等の傷害を受けたとして、被告らに対して、その人損について、賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 本件交通事故の発生
事故の日時 平成三年一一月二九日午後七時四〇分ころ
事故の場所 東京都府中市住吉町二丁目三〇番地先路上
加害者 被告戸川静湖(以下「被告静湖」という。被告車両運転)
被告車両 普通乗用自動車(多摩五七ろ六二二一)
被害者 原告。原告車両運転
原告車両 普通乗用自動車(浜松五七ら八六七七)
事故の態様 原告が、原告車両を運転し、前方赤信号に従つて停車しようとし、その後、被告静湖運転の被告車両が原告車両の後部に追突したが、その詳細については、争いがある。
2 責任原因
被告静湖は、被告車両を運転中、前方安全確認を怠つて原告車両に追突したから民法七〇九条に基づき、また、被告戸川弘之(以下、「被告弘之」という。)は、加害車両を保有していたから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。
三 本件の争点
本件の争点は、本件事故の態様、本件事故による傷害の存在の有無及びこれに基づく損害の額である。
1 原告
本件事故は、停車中の原告車両に被告車両が追突して、原告車両に一〇センチメートル程の凹損が生じ、さらに、原告車両の前に停車中の車両に玉突き衝突をしたものであり、このため、原告は、頸椎捻挫・外傷性頸部症候群(バレリユウー症状の出現)の傷害を受け、また、椎間板が突出したため、後遺障害別等級表一二級相当の後遺障害を残し(平成四年一一月一九日症状固定)、次の損害を受けた。
(1) 治療関係費
<1> 聖隷浜松病院の治療費・文書費(平成四年六月分まで) 七万九八八〇円
<2> 新座志木中央総合病院の入通院治療費・文書費(平成四年六月分まで) 一三八万五一八〇円
<3> 永山病院の文書費 六〇〇〇円
<4> 薬代(平成四年六月分まで) 一二万〇八二〇円
<5> 入院雑費 四万五六〇〇円
<6> 入通院交通費 一六万一三六〇円
<7> 将来治療費(平成四年七月以降の分) 四七万四三〇〇円
<8> 将来通院交通費(平成四年七月以降の分) 一〇万〇四四〇円
(2) 休業損害
<1> 給与・賞与減収分 一一七万〇四八〇円
<2> 有給休暇消化分 二五万七〇七〇円
(3) 逸失利益 一九八万四二三六円
月収二七万〇六二六円、労働能力喪失率一四パーセントの五年分を新ホフマン方式(係数四・三六四三)として計算した。
(4) 慰謝料 三四八万〇〇〇〇円
傷害慰謝料一二四万円と後遺症慰謝料二二四万円の合計額である。
(5) 弁護士費用 九二万〇〇〇〇円
2 被告ら
本件事故は、被告車両が人の歩行速度程度の低速で原告車両に追突したものであり、玉突き衝突などはしていない。原告車両が事前にその前車に衝突した後、又は同時に被告車両が原告車両に追突したものにすぎない。以上のほか、原告車両と被告車両の損傷の程度からみても、本件事故による原告の身体に対する衝撃の程度は極めて軽微なものであり、原告の異常に長期な治療は、詐病であるか、又は本件事故と因果関係を欠くものであつて、その主張する損害は発生していない。
第三争点に対する判断
一 本件事故の態様
1 甲一、二、乙三ないし六、一〇の1、2、一二、一七、一八、証人山本敏之、原告、被告弘之各本人によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、片側三車線の鎌倉街道下り線の、多摩川に架かる関戸橋の手前の路上であり、同橋に向かつては、やや上り坂となつている。原告車両及び被告車両は、府中の市街地方面から関戸橋に向かう車線の中央の通行帯を進行しており、原告車両の前には、原告の同僚で訴外山本敏之(以下「訴外山本」という。)が運転する普通乗用車(以下「山本車」という。)が走行しており、その前には、訴外亀田賢治が運転する普通乗用車(以下「亀田車」という。)が走行していた。なお、原告車両の助手席には訴外新村将嘉(以下「訴外新村」という。)が同乗していた。
本件事故現場の前方には信号があり、この信号に基づき、前方から順次車両が停車し、山本車まで停車した。その後、被告車両が原告車両に追突する本件事故が発生した。また、原告車両が山本車に追突し、さらに山本車は、亀田車に追突した。
(2) 本件事故後、原告車両の後部バンパー(固形プラスチツク製)は、凹状変形破損し、その左右端部は斜め下方に向かつた。もつとも、原告車両のリアゲートの開閉は可能であつた。車体前部については、前部バンパーが車体前部にめり込み、その左右端部は斜め下方に曲がり、左右フロントフエンダーを押し上げた。ヘツドランプのガラスは破損し、また、ヘツドランプ本体の後部に接触する鉄鋼製サポートメンバーの鋼鉄プレート部分に変形損傷を来し、さらには、ボンネツトにも歪曲損傷が生じた。これらの損傷のため、前部及び後部バンパー、ヘツドランプ、後部コンビネーシヨンランプ交換や後部左右フロアサイドメンバーの修理等を要し、このため、三二万二七七一円の修理費用を要した。
他方、被告車両は、ウレタン製の前部バンパーに変形はないが、その中央最前端にある登録番号標識の右上端部周辺及びその装着装置の右端上部周辺に凹損を来し、また、ラジエターグリルの下部も損傷し、左ヘツドランプ前面ガラスにひび割れが生じた。なお、山本車は、後部バンパー中央部が凹損している。
2 原告は、本件事故の態様につき、その陳述書(甲一四)及び本人尋問において「鎌倉街道は、断続的に渋滞していたが、一時的に渋滞が解消し、時速三〇ないし四〇キロメートルで進行していた。しかし、事故現場の前方に信号があつて渋滞が始まり、フツトブレーキを用いて徐々に速度を下げた。前方の信号が既に赤になつていたので、前の車から順次停車し、原告車両をフツトブレーキを使つて停車させた後、サイドブレーキを引こうとした途端に被告車両から衝突されて、「ガシヤン」と音がした。停車時は二速にギアが入つており、クラツチペダルを踏んでいた。衝突により、約一・五ないし二メートル前方に停車していた山本車に追突した。衝撃はかなり激しく、この衝撃により、首を少し右にひねりながら身体が前後し、周りのほうが暗くなつた。衝突後は、両足ともペダルを踏んでいなかつた。」と供述する。
他方、被告車両の助手席に同乗していた被告弘之は、本人尋問において「いずれの車も低速であり、被告車両は時速一〇キロメートル未満で走行していた。原告車両との車間距離は一二メートル以上あつた。被告静湖がブレーキを踏む前には速度メーターは七、八キロメートルを示しており、衝突時の速度は四キロメートル未満である。追突時の衝撃は殆ど感じず、ボスンというような音がした。衝突時には、原告車両は動いており、後退するような印象であつた。被告弘之が原告車両の四、五メートル手前で原告車両が停車しようとするのに気がついたときは、被告静湖はブレーキを踏み始めており、同被告は約一・五ないし二メートル手前でブレーキを踏みこんだ。被告弘之は、原告車両の四、五メートル手前で被告車両のオートマチツクギアを低速に切り換えた。」と陳述し、乙一はこれに沿う。
訴外山本は、証人尋問において「渋滞が一瞬解除されたような、流れるような渋滞の状況で、時速四〇キロメートルに近い程度の速度で進行していたが、前方の信号に従つて、停車した。ギアをニユートラルにしようとしており、フツトブレーキを踏んでから一、二秒経つてから原告車両に追突された。追突の一瞬前に後方でガチヤンという音を聞いた。この音は、バイクがトラツクにぶつかつた時のような音であり、車同士の衝突の音とは思えないから、原告車両と被告車両との衝突音でないと考える。もつとも、本件事故現場付近には別の事故はなかつた。追突を受けて、頭がのけ反つて、次に前に行つた。事故後、原告は、二速にギアをチエンジしてブレーキを踏もうとしたらやられたと説明した。」と証言する。
3 右認定事実等に基づき検討すると、まず、原告の供述と山本証言が一致することから、鎌倉街道は断続的な渋滞状況であつたが、本件事故現場の手前は、渋滞が一瞬解除されたような状況で、山本車、原告車両ともに時速三〇ないし四〇キロメートルで進行し、その後ろを被告車両が追随していたところ、事故現場の前方に信号があつて、渋滞が始まり、亀田車、山本車が順次停車したものと認めるべきである。次に、訴外山本は、原告車両から追突を受ける前に、後方でガチヤンという音を聞いており、この音が原告車両と山本車との衝突によるものではなく、別の事故によるものであると認識していること、原告は、被告車両から追突を受けた時にガシヤンという音を聞いていて、これとほぼ一致すること、本件事故現場付近には別の事故はなかつたことからすると、訴外山本が聞いたガチヤンという音は、被告車両が原告車両に追突した時の音と認めるべきであり、このことに、後記認定のとおり、原告車両の助手席に同乗していた訴外新村が、日本医科大学付属多摩永山病院において医師に対して、追突されたと説明していることを総合すると、まず、被告車両が原告車両に追突し、その後、原告車両が山本車に追突したと認めるのが相当である。
被告らは、前示の原告車両の損傷状況は、前部のほうが後部よりも著明であり、後部の損傷は実質的にはバンパーに限られていることから、右事実を否定すべきであると主張する。しかし、訴外山本は、フツトブレーキを踏んだ後一、二秒経つてから原告車両に追突されたこと、及び、事故後原告が同訴外人に対して二速にギアをチエンジしてブレーキを踏もうとしたら被告車両から追突されたと説明したと証言しており、この二点から原告車両は、被告車両から追突を受けたときは完全には停車し終えていなかつたものと推認され、被告弘之の「衝突時には、原告車両は動いていた」との供述は、これを裏付けるものといえる。そして、被告弘之は、運転者でもないのに、原告車両の四、五メートル手前で被告車両のオートマチツクギアを低速に切り換えているのであつて、その頃は、被告車両は、原告車両との追突を恐れる程度の速度であつたことが推認されること、原告は、被告車両からの追突時には二速にギアが入つていたこと、及び、ブレーキペダルとクラツチペダルの両方を踏んでいたが、山本車との追突後は、いずれのペダルからも足を離していたことを供述しており、これらの点を総合すると、原告車両は、完全には停車し終えていない状況下で被告車両から追突を受け、この勢いを受けて、完全に停車していた山本車の後部に追突したと認めるのが相当である(なお、原告の「原告車両をフツトブレーキを使つて停車させた後、サイドブレーキを引こうとした」との供述は、二速にギアが入つていたことから運転の常識に叶わず採用しない。)。そして、このような玉突き追突状況の場合には、原告車両の前部のほうが後部よりも損傷することも考えられるし、なお、原告車両の後部は、左右フロアサイドメンバーという本体部分の修理も行つているのであり、被告らの右主張は理由がない。
乙一、三、四、一二中意見にわたる部分は、関係者の供述を前提としないものであつて採用できないし、乙一四ないし一六は、被告弘之の意見の集成に過ぎず、右認定、判断を左右するものではない。
二 原告の傷害の程度
1 甲三の1、2、四の1の2ないし5、四の2の4、5、五の3、4、七の2の1、2、一三、一七、二〇、乙二、七、九、山本証言、原告本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件事故後、訴外亀田賢治の連絡により到着した警察官は、関係者全員に事情を聴取したところ、身体の不具合を訴える者は無く、本件事故を物損扱いとした。もつとも、原告は、目の上に痛みがあり、訴外山本に対してはこのことを訴えていた。
原告は、被告弘之の勧めもあつて、事故当日の平成三年一一月二九日午後九時過ぎに日本医科大学付属多摩永山病院で診察を受けた。そのときは、頸部痛があるが手指の痺れ感がなく、頸推部捻挫の疑いがあると診断され、湿布等の手当てがされた。その後、原告は、山本車に同乗して原告の実家のある浜松まで赴いたが、翌三〇日の明け方に首の腫れや左眼の奥に痛みがあり、同市内にある聖隷浜松病院で診察を受けた。医師からは、頸椎捻挫、頭部外傷の病名が付けられたが、頭部CT上正常であり、左眼付近の圧迫感以外特に問題がなく、湿布による保存的治療が勧められた。
(2) 原告は、同年一二月三日から六日までは職場に出勤したが首が痛く、七日から新座志木中央総合病院に、頸椎捻挫、外傷性頸部症候群の傷病名で通院した。初診時は、頸部痛、手に痺れや第八頸神経領域知覚鈍麻があるが、ジヤクソン・スパーリングテスト等はいずれも陰性であり、頭部運動制限も無かつた。しかし、X線撮影の結果、第五・第六頸椎間不安定と診断され、カラーによる固定がされた。
(3) 原告は、同月九日から同病院に安静加療及び精査目的のために入院し、グリソン牽引をしながら経過観察をした。入院当初は、頸部痛や左第五指に痺れ感があり、一一日に行われた上腕の筋肉の反射テストでは異常があつた。しかし、その後の検査では同部位に異常はなく、また、握カテスト、ジヤクソン・スパーリングテスト等その他の検査では、いずれも正常ないしほぼ正常であつた。一三日に行われたMRI撮影では、概ね正常所見であつたが、一七日に行われたMRI撮影では、第二・第三椎間板から第六・第七椎間板にかけて退行変性が見られ、また、第六・第七椎間板に椎間板突出が見られた。もつとも脊髄に充血はなく、調子が良ければ通院治療で足りるとの診断がされた。一九日の頸椎造影検査でも特段の所見はなかつたが、両上肢に痺れ感や知覚鈍麻がするため入院を継続した。二四日には退院許可がなされ、二五日夜には、外泊が試みられたが、頸の牽引用具がないことから頸を固定することができず、歩行時に眩暈、頭痛が見られ、手指の痺れ感が出現したことから、原告の希望により入院が継続された。三〇日から平成四年一月二日夜にかけても外泊が試みられたが、原告は、三日に、一二月二五日夜の外泊時と同じ症状が現れたので、入院を継続した。六日にも退院許可がなされたが入院を継続したところ、一〇日の握力検査では左手に低下が見られた。一三日には視覚異常が見られ、バレリユー症候群の症状が強いものと診断され、一四日に予定されていた退院は延期されて、一五日に退院した。入院期間は三八日間となるが、うち五日は、外泊したこととなる。
(4) 原告は、一月一六日からは、同病院に通院し、頸椎牽引、超短波療法がされ、また、リハビリを中心に治療を受けた。治療中には、頸部周囲の筋肉痛があつたり、交感神経症状が強く、眼の異状や眩暈感があつてバレリユー症状があることもあつたが、休日以外ほぼ毎日加療を受けた結果、四月一六日からは職場復帰しながら通院を継続する程度にまで至つた。六月初旬には星状神経節ブロツク注射が試みられたが、七月七日には頸椎造影検査の結果、特段の所見は無く、七月末には、頸部痛は解消し、その他の症状も軽快し、残業ができる程度になつた。しかし、頭痛がするときもあつて、通院を継続し、平成四年一一月一九日まで通院した結果(実治療日数一四七日)、同病院において、同日症状固定した旨の診断書が作成された。同診断書によれば、自覚症状としては頸部運動痛(特に後屈時)、手の痺れがある、他覚的所見としては、可動域制限、知覚障害、筋萎縮はいずれもなく、反射正常、頸椎圧迫テストやX線撮影上異常なし、というものである。
(5) 原告は、三歳のときに交通事故に遇い、頭部外傷で入院したことがあるが、本件事故当時、コンピユータソフトのプログラマーをしており、本件事故前には、頸部痛等は感じたことがなかつた。
以上の事実が認められる。
2 甲二〇によれば、新座志木中央総合病院の斉藤医師は、原告代理人の質問に対し、原告の同病院への入院は安静加療及び精査のためのものであり、平成四年一月一五日まで入院加療を要したこと、途中外泊は異常ではないこと、その後の通院はリハビリを中心とした加療であること、椎間板突出が交通事故によるものかは不明であることを説明していることが認められ、他方、乙八、一九によれば、獨協医科大学放射線科の小泉満医師は、原告のカルテ等の医療記録に基づき、原告の第三・第四頸椎の椎間板は軽度に後部に突出しているが、これは原告の頸椎全体の退行変化によるものであり、原告の身体、特に頸部組織に車両衝突等の外力の作用に起因する外傷は認めないとの鑑定意見を有していることが認められる。
なお、甲一八、一九の1ないし6、乙二〇、山本証言によれば、原告車両に同乗していた新村は、本件事故当日に日本医科大学付属多摩永山病院で診察を受けたが、その時に、医師に対して、追突された、軽度の後頸部痛があると説明し、全治一週間と見込まれる頸椎捻挫であると診断されたこと、及び、訴外山本は、事故翌日の一一月三〇日の夕方に右肩と首の付け根辺りが重くなり、翌日も痛みが続いたことから、事故の四日後から整骨院に通い、約一カ月間通院したところ、軽快したことが認められる。
3 右各認定事実に基づき、原告の症状を検討すると、本件事故は、玉突き追突であり、原告車両の前方の山本車を運転していた訴外山本が約一カ月間整骨院に通院したこと、原告車両は前認定のとおり損傷し、その修理費用は三〇万円を超えることを総合すると、原告は、本件事故による前後の衝突のため、それなりの衝撃を受けたものと認められる。前認定の各病院における診察内容からすれば、少なくとも、新座志木中央総合病院で一二月二四日に退院許可がされるまでの各入通院は必要なものであつたことは明らかである。
ところで、訴外新村の症状に比して、原告の症状は格段に著明であり、また、小泉満医師の鑑定意見もあることから、被告らは、原告は詐病である等と主張する。この点、甲一四、一五、乙一によれば、原告が新座志木中央総合病院に入院したことを同被告に伝えた後に、原告と被告弘之との間において軋轢が生じ始めたことが認められ、それ以降は、原告が誇張した症状を病院で訴えたものと考えられないわけではない。しかし、原告の頸椎全体は退行変化し、また、椎間板も軽度ながら突出しているのであつて、このことが原因となつて訴外新村とは異なつた症状を来すことが充分にあり得ること、診療録(乙二、九)には、担当医が、原告において詐病や心因的要素に基づき入通院を継続しているものと疑つた形跡が全くないこと、病院で行う各種テストでも正常ないしほぼ正常の値を示しており、重篤な検査結果を目的とした作為的な要素が認められないことを総合すると、原告には入通院の期間中、前認定のとおりの症状があつたものと認めるのが相当であり、詐病又は誇張に基づき徒らに通院を継続したものと見ることは困難である。特に、原告は、退院に備えて外泊を幾度か試みており、退院の意思のあつたことが明らかであり、その結果が芳しくなかつたことから入院を継続したと見るのが素直であることから、新座志木中央総合病院の斉藤医師の説明どおり、原告が同病院を退院するまでは、検査目的の入院のみならず、治療のための入院が必要であつたと認めるべきである。
もつとも、斉藤医師も、原告の椎間板突出が交通事故によるものかは不明であるとしており、全般的な退行変化は、経年によるものと認めるのが常識的であることから、そのいずれもが本件事故の結果生じたものと認めるのは困難であり、他方、原告は、本件事故前には頸部痛等がなかつたのであつて、結局、そのような身体的な要因を持つていたものの、それまでは無症状であつたものが、本件事故を契機として、各種の頸椎に起因する症状を来すこととなつたものと認めるのが相当である。そうすると、原告が他の被害者に比して長期の治療を必要としたことも説明し得るのであり、結局、原告の症状固定時までの入通院治療は、いずれも必要なものであり、本件事故と相当因果関係があると認めるのが相当である。乙一四ないし一六は、被告弘之の個人的な意見に過ぎず、右認定、判断を左右するものではない。
4 次に、原告は、後遺障害があることを主張するが、前認定の症状固定時の診断によれば、頸部運動痛や手の痺れの自覚症状があるものの、他覚的所見は、可動域制限、知覚障害、筋萎縮はいずれもなく、反射正常、頸椎圧迫テストやX線撮影上は異常がないのであつて、この程度では、後遺障害があると認めることができない。
5 ところで、前認定のとおり、他の被害者に比して原告の治療期間は、入通院を含めて著しく長期に及んでおり、また、前認定の原告車両の損傷の程度からは、このように長期な入通院を要する程度の傷害を受けるものとは通常考えられないことであり、長期の入通院は原告の身体的な要因も原因となつていることが明らかであるから、その治療期間中に生じた原告の損害のすべてを被告らに負担させることは公平に失するものというべきである。被告らは、本件事故と原告の傷害との因果関係を争つているが、まさにこの趣旨に基づくものと考えられる。これらの点を総合すると、民法七二二条二項を類推適用して、原告が本件事故により受けた損害のうち、その七割を被告らに負担させるのが相当である。
三 原告の損害額
1 治療関係費 一九二万〇〇八〇円
(1) 聖隷浜松病院の治療費・文書費 六万三四〇〇円
甲四の1の1ないし3、四の2の1ないし3、四の3、原告本人によれば、原告は、聖隷浜松病院での診察及び文書料のため、六万三四〇〇円を要したことが認められる。
(2) 新座志木中央総合病院の入通院治療費・文書費 一五五万〇四二〇円
甲五の1の1ないし4、五の2、六の1ないし41、七の1の1ないし4、原告本人によれば、原告は、新座志木中央総合病院での入院検査・治療のため一〇八万六〇一〇円、同病院への平成四年六月末日までの通院治療費のため三〇万七四一〇円、七月一日から一一月一九日までの通院治療費及び文書費のため一五万七〇〇〇円の合計一五五万〇四二〇円を要したことが認められる。
(3) 永山病院の文書費 六〇〇〇円
甲三の2によれば、原告は、永山病院の文書費のため、少なくとも六〇〇〇円を要したことが認められる。
(4) 薬代等 一七万七七四〇円
甲八の1の1ないし19、八の2、一二の1、2の1ないし10、原告本人によれば、原告は、平成三年一二月七日から平成四年一〇月二日までに薬代及び明細書料として、合計一七万七七四〇円(内一二万〇八二〇円は、平成四年六月末日までに生じた分)を要したことが認められる。
(5) 入院雑費 四万二六〇〇円
前認定の新座志木中央総合病院への三八日間の入院のため、原告は、一日一二〇〇円(外泊時その半分)として、合計四万二六〇〇円を要したものと認める。
(6) 入通院交通費 七万九九二〇円
甲九の1ないし7によれば、原告は、新座志木中央総合病院への通院のため、電車を使用すれば往復五四〇円を要するところ、平成四年四月一六日までの通院にはタクシーを利用することが多かつたこと、もつとも、平成三年一二月七日の通院及び同月九日の入院のための往路には電車を使用したことが認められる。そうすると、原告は、同病院の通院のためにはタクシーを使用しなければならなかつた状態であるということができず、一回当たりの通院交通費として五四〇円を認めるのが相当である。前認定のとおり、原告は平成四年一一月一九日まで合計一四七日通院し、入院のための往復も算定すると、入通院交通費としては、七万九九二〇円を認めるのが相当である。
(7) 将来治療費及び将来通院交通費 なし
前示のとおり、平成四年七月一日以降に原告に生じた治療費、薬代及び通院交通費は、既に認定の上、算定しており、右算定額以上に原告に将来治療費等が生じることを認めるに足りる証拠はない。
2 休業損害 一二三万九二一三円
甲一〇の1、2の1、2、一〇の3ないし7、原告本人によれば、原告は、本件事故当時、株式会社モアソンジヤパンでシステムエンジニアの仕事をしており、年間三九九万二三〇二円の収入を得、事故直前三カ月は、一月当たり平均二一日出勤して平均の給与として二六万〇七三九円を得ていたこと、本件事故により平成三年一二月九日から平成四年四月一五日まで欠勤したが、年次有給休暇を六日間使用したことや別居手当てがあることから一八万六四九二円を得たこと、原告の場合、平成四年七月に支払われる夏期賞与は三八万五二八〇円の予定であつたところ、右欠勤のため一九万二〇〇〇円のみが支払われたこと、平成四年四月からの有給休暇は、本来一三日給付されるところ、それまでの欠勤日数に鑑み三日間しか与えられなかつたことが認められる。
右事実に基づき、原告が主張する平成四年四月一五日までの休業損害を検討すると、給与の減収分は、次の計算どおり九三万四六八五円となる。
26万0739÷30×129-18万6492=93万4685
また、夏期賞与の減収分は、一九万三二八〇円である。
有給休暇消化分及びその与えられなかつた分の合計は一六日であるところ、一日当たりの給与分には、本給の他各種の手当てが含まれていることに鑑み、その八割をもつて、その損害とみるのが相当であり、有給休暇に関する損害は、次の計算どおり一一万一二四八円となる。
26万0739÷30×0.8×16=11万1248
3 逸失利益 なし
前認定のとおり、原告には後遺障害が認められないから、その存在を前提とする逸失利益の主張は失当である。
4 慰謝料 一二〇万〇〇〇〇円
前認定の原告の傷害の程度、入通院の日数、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、傷害慰謝料としては一二〇万円が相当である。なお、後遺症慰謝料は認められない。
5 以上の合計は、四三五万九二九三円となるところ、前示のとおり、民法七二二条二項の類推適用により、その三割を減額すべきであるから、同減額後の原告の損害額は、三〇五万一五〇五円となる。
四 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、金三〇万円をもつて相当と認める。
第四結論
以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告ら各自に対し、金三三五万一五〇五円及びこれに対する本件事故後の日である平成三年一一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。
(裁判官 波多江久美子)